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現代へと至る道① 「第1次世界大戦」

最近は近現代が個人的なブームなのでその辺りを書いてみましょう。いつもながら唐突です。

第2次世界大戦はとても有名でどんなおばかさんでも触り程度は知ってるであろう認知度にも関わらず、
第1次世界大戦は歴史上でもマイナーな部類で学校の授業でも結構すっ飛ばされます。

大半の人が、何故世界大戦になったのかを理解していません。
大半の人が、そもそも世界大戦以前の歴史とその後の現代史の流れが繋がっていません。

そういう所を教えないで年号暗記すればいいとか馬鹿な事いってる先生も雇われ先の公私問わずいますが
暗記しただけで一連の歴史の流れを理解出来たらすごいものです。
そんな事言ってなくてもそもそも歴史の流れを理解している学校教師など見た事ないですけどね。私の先生は日教組でしたし。。


ま、それはともあれ。
大雑把にわかりやすく第1次世界大戦の原因を挙げてみましょう。

「怠慢」「楽観」「無責任」


要約しすぎるとこれらが出てきます。
では、具体的な原因を出していきますね。
①ドイツのアホ皇帝がバカの楽観的意見を聞いて戦争する気満々だった

 具体的には、ヴィルヘルム2世が宿敵フランスを孤立させるべく展開していた
 宰相ビスマルクと対立して辞任させたところ、ロシアと断絶した隙にフランスとロシアが手を組み
 2正面作戦状態を強いられる結果となった為、シュリーフェン参謀総長のプランを採用した事。
 このシュリーフェンプランは、
 戦争遂行の為に純軍事技術的な側面を徹底的に追及し、政治外交面を無視しているという本末転倒なプランでした。
 かつて、孫子と並ぶ軍事理論家と評されるクラウゼヴィッツは
 「戦争とは、他の手段をもってする政治の延長である」と言っているのですが正反対です。

②ロシアVSオーストリア&トルコの東欧民族問題

 オスマントルコが支配していた地域にフランス革命の影響から、民族独立の機運が高まっていましたが
 それにちょっかいだして勢力拡大を狙っていたみたいですね。
 あとオーストリアはハンガリーを継承して同一皇帝を抱く状態になっていまして、ハンガリーの民族問題に悩まされていたんですね。
 ドイツ・オーストリア・オスマントルコ・ブルガリア王国は同盟していて
 上記のアホ皇帝のせいでドイツと縁を切ったのでフランスと組んでいるから敵国なわけです。

③オーストリアのアホ外交

 オーストリア・ハンガリー帝国の皇位継承者であるフェルディナント大公夫妻が暗殺されたサラエヴォ事件がおきて
 セルビアに受け入れ不可能な、単にセルビアに侵入する大義名分作りの為の最後通牒を送りました。
 10箇条の要求のうちセルビアは2つの項の一部分を留保とした以外すべてに同意したのですが、
 その留保を不満と言いがかりつけてオーストリア側は宣戦布告してしまいました。
 よくサラエヴォ事件は世界大戦の引き金みたいに言われてますが、ぶっちゃけこれ自体は大して大きな事件ではありませんでした。
 オーストリアが元々セルビアの勢力拡大を危険視していて潰す気満々だったからです。
 で、ロシアはオーストリアのボスニア併合を承諾する代わりにセルビアの独立を支持してね、って約束してたんですね。

さて、オーストリアの宣戦布告を受けたロシアがとりあえず軍隊の動員を始めたわけです。
このオーストリアの外交政策は同盟国ドイツのお墨付きがあったのでオーストリアさん強気に出たわけでしたがそれが悲劇に。
ドイツもシュリーフェンプランとかいうアホ作戦に基いてロシアを甘く見ていたのでGOサインしてたんですけどね。
この作戦には重大な欠陥がありまして。
「ロシアはフランスよりも総動員完了まではるかに時間がかかるため、ドイツがフランスを降伏させるまでの間は積極的攻勢に出られない」
という主張を基本として作ったんですよ。まあ、速攻でフランスをフルボッコにしてしまえばOKって作戦ですね。
でも第一次世界大戦開始前には、鉄道等のロシアの交通インフラはそれなりになっていて、比較的早期に総動員を完了できる状態だったんですね。
実際、総動員を開始した17日後にはドイツへの侵攻を開始しているため、その時点でこのプランは意味なかったわけです。



■ロシアの流れ


ちなみにロシアも別に大規模な戦争するつもりはなかったんですが
ロシアの軍部が戦争になった際に部分動因から総動員に切り替えるのめんどくさいから皇帝に直訴して最初から総動員にさせた
という背景がありまして。おかげ様でロシアの被害は甚大でした。

 ロシア
 ∧_∧      ドイツ?ぼこぼこにしてやんよ
 ( ・ω・)=つ≡つ  ウラー!!
 (っ ≡つ=つ
 /   ) ババババ
 ( / ̄∪

     ∧_∧
 ;;;;;、(・ω(:;(⊂=⊂≡
    (っΣ⊂≡⊂=
    /   ) ババババ
    ( / ̄∪

タンネンベルクの戦いで英雄ヒンデンブルク閣下率いるドイツ軍にフルボッコにされたりして
農奴制やらの弊害で近代化できていないロシアは遅れた経済と軍事組織の差を痛感させられました。
まぁどこの国もクリスマスまでには終わるよ、などと楽観的な姿勢だったんですよね。民衆に至るまでがそういう考えでした。
ロシアがいきなり総動員して戦争を泥沼化させてしまったのも悲劇の一因でしょうね。

ロシアでは戦争が長引いて、兵士と民衆の不満が増大していきました。長引いて負けまくって国内は苦しいんだから当たり前です。
ツァーリたる皇帝ニコライ2世は内政について現状認識が欠け、皇后アレクサンドラはさらに無能でした。
こうした中で保守的な貴族によりアレクサンドラの寵臣ラスプーチンが暗殺されたりして、
なんやかんやあってロシア革命になったわけです。
結果、同志ウラジーミル・レーニンが指導する急進的な左翼ボリシェヴィキ党がとりあえずロシア代表っぽい扱いになったわけなのです。
この時にはすでに大戦からは撤退していたのですが、ロシア帝国のやった戦争の後始末としてドイツ側と交渉が必要でした。
まぁ、なにやらお互いの思惑もあって多少長引きましたがロシア側に不利な自体が起きて結局厳しい条件を飲む事になりました。
フィンランド、バルト地方、ポーランドおよびウクライナを含む広大な領土を割譲する、というのが具体的な条件です。

で、そんなこんなやってる間に大して必要性があったわけじゃないのに帝政ロシアが革命政権に襲われたので帝国側を支援するって口実で
イギリス、アメリカ、日本等の連合側がロシア領への出兵を開始しました。まだ皇帝派と革命政府が戦いっていた時期ですね。
まさにハイエナ、弱っている所からは徹底的に搾り取ろうというわけです。
といってもイギリスはドイツ側の相手をするので手一杯、そこで暇そうにしていた一応同盟国の日本にシベリア出兵を打診してこうなったわけです。
日本はアメリカと歩調を合わせるという事になって、結局アメリカが派兵する事が決定して、とか流れがあるんですがまあどうでもいいでしょう。
で、上記のように停戦条約が結ばれてこの派兵は終わるはずだったんです。

ところが西欧諸国と対等の力をつけるべく領土拡張を狙っていた日本はやる気を出しすぎて戦争終わってもずっとシベリア出兵してたんですよね。
頼んだイギリス等も含む国際世論は「ちょ、おまwww」という話になって日本は非難されてました。


■米帝の流れ


米帝様はドイツの無制限潜水艦作戦とかツィンメルマン電報とかで切れて参戦しました。
無制限潜水艦作戦は「動く船は敵船だぁ、動かない船は訓練された敵船だぁ」とベトコンみたいなノリで無差別に魚雷ファイアーした作戦です。
ツィンメルマン電報とは、まあドイツがメキシコに当てた電報なんですが、英国政府がこれを盗聴してたんですね。
色々たくらみが大好きな英国はうまい具合にアメリカを参戦させてめでたしめでたしというわけです。
超大雑把にいうとこんな所ですね、ホントはもっと色々英国の黒さがあるのですが長いので割愛。
基本的に西部戦線、つまりドイツ・オーストリア側と戦っていました。率いたアホ将軍のせいで死人いっぱいでしたが。


■西部戦線の流れ

停戦によってロシア側の兵力が西部に送れる事になりましたが、アメリカも参戦したので、時すでに遅し。
一時期はこの長い戦いの中で培った新戦術や新兵器で優勢に進めて、パリに砲弾一杯撃ち込む所までいったんですけどね。
英仏連合は指揮系統の統一をして総司令官フェルディナン・フォッシュの指揮の元、戦線の再構築を成功させました。
これによってドイツの勝機はなくなりました。
その後はドイツ側が物量の違いでフルボッコにされていく流れですね。

■ドイツ革命とヴェルサイユ条約


負けまくって人的資源の枯渇したドイツでは反戦気運が高まっていました、当たり前ですね。
なんやかんや色々あって、皇帝が退位しまして、ワイマール共和国という民主国家に変身したわけです。
よく誤解されますが、ワイマールはドイツです、ドイツの成れの果てです。
この辺りも歴史の授業でさらっと流すのでワイマールってどこの小国よ、と思う人も少なくないでしょう。
で、とりあえず停戦条約を、って事でヴェルサイユ条約が結ばれたわけなんですが。
国内フルボッコにされたりかつて普仏戦争とかで多額の賠償金もってかれたフランスがドイツにありえない額の賠償金を要求したんです。
また領土の割譲もごりごりされて、ドイツ人の民族意識は大きく傷つけられました。
英国代表で条約に参加した経済学者ケインズさんはふざけた条約に切れて帰ったりしましたが、まぁ割愛。
とりあえずあまりにも過酷な制裁となったヴェルサイユ条約の賠償要求をみてみましょう。Wikiさんから持って来ました。

領土・賠償問題に関するもの

* ドイツから全海外領土・海外植民地を没収する。
* アルザス(独・エルザス)・ロレーヌ(独・ロートリンゲン)をフランスに割譲。
* ポーゼン州・西プロイセン州をポーランドに割譲。
* ダンツィヒ(ポーランド・グダンスク)を国際連盟管理下の自由市へ。
* ザール地方(現在のザールラント州)を15年間国際連盟の管理下へ、その後住民投票で帰属を決定。
* オーストリアとの合併(アンシュルス)を禁止。
* シュレースヴィヒ北部で住民投票を行い帰属を決定。
→ * ドイツならびにその同盟国は賠償義務を有する(のちにドイツの賠償額は1320億金マルクに決定)。
o 後にドーズ案、ヤング案、そしてローザンヌ会議によりドイツの賠償額は30億金マルクにまで軽減されたが、ドイツにとって大きな負担であることには変わりなかった。

軍事に関するもの

* ラインラントの非武装化。
* 徴兵制禁止 
* 航空機・戦車ならびに戦闘車両・重火器・潜水艦・航空母艦・毒ガスの保有禁止。
o 9ミリ口径の拳銃やベルト給弾式の機関銃も禁止された。
* 兵器の輸入禁止。
* 参謀本部の解散。
* 陸軍は総兵力10万人以下、将校4千人以下。
* 海軍は戦艦6隻、軽巡洋艦6隻、駆逐艦12隻、水雷艇12隻。かつ戦艦の備砲は11インチ以下、排水量1万トン以下、軽巡洋艦の排水量は6千トン以下、駆逐艦の排水量は800トン以下、水雷艇の排水量は200トン以下。


賠償額が凄まじいですねw
何故かと言うと、凶悪すぎる機関銃やら毒ガスやらの新兵器が登場した事で
かつてない程の被害が発生してしまったからなんです。
そんなもの作らなきゃ、今までのノリのどこかほのぼのも含んだ戦争になってたんでしょうけどね…。
剣とか槍とか持って騎兵突撃とかやってた頃の戦争でよかったのに余計なものを発明するからこんな糞つまらない世界になったんです。
まったくもってロマンのない戦いの時代になりましたが、まぁその辺の主観はオイトイテ。

よーわからないかもしれないので噛み砕いて整理するとこうなります。

ドイツ: 主なところではアルザス・ロレーヌとダンチヒ回廊を割譲
皇帝一族追放

オーストリア: ハンガリー、チェコスロバキアの独立と領土割譲により国家が木っ端微塵に分割
皇帝一族追放

ロシア: バルト三国、フィンランド、ポーランド等の独立により東部領土の失う
列強からの内戦への介入を受け、ソ連ポーランド戦争にも敗戦
皇帝一族虐殺

オスマン: 宗主権のあったメソポタミア、シリア、パレスティナ、アラビア半島を手放す
セーヴル条約により更なる国家分割の危機もあったがケマルのおかげでアナトリアと東トラキアを確保
皇帝一族追放

(2ch世界史板、第一次世界大戦スレより)


現代に至るまでのほとんどの戦争はこの第1次世界大戦の影響で発生したものばかりだったりします。
様々な問題にも多くの影響を与えています。
その原因が、各国首脳部の楽観と
外交努力の怠慢と
小国が大国の支援をあてにして行動した無責任さ

こんなものだったというなんとも言えないアホな戦争だったんです。

世界史の教科書では
「3C政策vs3B政策」
「汎ゲルマン主義vs汎スラブ主義」
「建艦競争による英独の緊張の高まり」
「バルカンの火薬庫」
「帝国主義の行き詰まり」
などなどもっともらしくこんなものを原因とか言ってますが、こんなんじゃよくわからないですよね。
実際は多分に偶然の結果だったりするので、わかりやすく言うとたまたま世界大戦になったという事です。

さて、今回はこの辺りで区切りましょう。
次回は気が向いたら大戦後の影響とかの噛み砕いた解説を。

最後に第一次世界大戦ほのぼのエピソードを。


175 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2008/09/08(月) 17:04:43 ID:???
世界史板のトリビアスレから転載。なんかほのぼの

 885 名前:世界@名無史さん[] 投稿日:2006/10/21(土) 06:41:05 0
  第一次世界大戦の塹壕でも
  空き缶やら食べ残しの処理が問題になってたな。

  ある兵士のエピソードに敵の声が聞こえるくらいの距離で対峙した塹壕で、
  空き缶を敵陣に投げたら向こうもこちらに投げ返してきて
  雪合戦状態になったっていう話があった。

  空き缶では無く手榴弾投げれば阿鼻叫喚の地獄絵図になるんだが、
  どうも敵(ドイツ兵)も面白かったらしく笑い声が・・・
  結局小隊規模で空き缶投げ大会になったそうな。


極限状態ではこんなことも起こるんだな



176 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2008/09/09(火) 07:50:32 ID:???
>>175
塹壕戦の初期(空では飛行機乗りがまだ挨拶していた頃)、
やっぱり声が届く程の近さの塹壕同士でフランス兵が
「雨で水浸しだ!足がかゆい!」
と騒いでいたらドイツ側から流暢なフランス語で
「おまいら板でも敷けよ!靴下替えろよ!」
と返されたらしい。

更にフランス兵が
「ご親切な助言、ありがとうムッシュー!
 この辺に井戸か飲める水源ないか?」
と大声で聞いたら
「この辺には、湧かさないと飲める水ないよ!」。

仏語の一次大戦本に紹介されていたそうだ
(西洋史やってた人に聞いた)、
まだ兵科将校=貴族あるいは紳士(仏語は共通語)な伝統と、
激烈な消耗戦に入る前の状況を示している例として。
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有名な話

空中戦でフランス軍のエースとドイツ軍のエースが一騎討ち中に、ドイツ軍エースのマシンガンが故障!
慌てるドイツ軍エースに向かってフランス軍のエースは敬礼して、そのまま飛び去るという有名なエピソードもありますねw
ジョルジュ・ギヌメールとエルンスト・ウーデットという超エース同士。
子供の頃死ぬほど聞かされましたよ( ̄(エ) ̄)y-゜゜゜

プワワーイヽ(´ー`)ノ
子供の頃からそんなマニアックな話を聞かされるとかスゴイデスネ!
そんな心温まるエピソードはいいものです
プロフィール

エヴァンジェル

Author:エヴァンジェル
エウロス鯖の冒険者です。
大航海に関係ない事ばかりです。
暇で仕方がない時に更新します。



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